青年海外協力隊として、ミクロネシアのヤップ島に派遣中社員の日記。
インフォニック、ヤップ支社長を僭称しつつ活動中。

※僭称:勝手に身分を越えて上の称号を自称すること(広辞苑より)

公開日:2010.04.27

任国外旅行

任国外旅行

協力隊は2年間の任期の中で、20日間、自分の任国(僕だとミクロネシア連邦)の周辺国へ旅行に行くことができます。もちろん自費で。そして僕も、同じヤップ島で活動しておられる協力隊の森久さんと一緒に、1月20日~30日の日程で、パプアニューギニアとフィリピンへ旅行に行ってきました。多分これが、2年の活動中、最初で最後のバケーションです。

というわけで日記形式でどうぞ。かなり長いです。ごめんなさい。

1月20日(水)

今日から、グアム、パプアニューギニア、フィリピン旅行。11日間の旅。長丁場です。序盤はなるべく体力を温存して‥‥とか思ってたけど無理やねん。ヤップ朝4時発のフライト。空港に2時間前には入らないといけないので絶対、寝れない。寝たら寝過ごす。いつもながら極悪なフライトです。

朝6時には、グアム空港を出ることができる。次のグアム⇒マニラのフライトが夜の8時なので、日中まるまるグアムで過ごすことができる。実は、こうして日中をグアムで過ごすのは2回目。1回目は前々回のボランティア総会の時。でもこの時は、他の隊員に頼まれた厄介な探し物で一日つぶれてしまった。なので、ゆっくりグアムの街中を歩くのは今回が初めて。

グアムの街中をゆっくり見回して、驚くのが日本人の多さ。ほぼ日本人としかすれ違わない。そしてお洒落した日本の女の子がたくさん歩いていて、今回、一緒に旅行をしてくれる、同じくヤップ隊員の森久さんと二人、そんな女の子とすれ違うたびに小さく歓声をあげた。グアムの街を1日歩いて、ここはやはり買い物の街やなって思う。多分、日本人のための。でかいショッピングモールが点在していて、それらを結んでバスが走る。有名ブランド屋さんが立ち並ぶ。店員さんもバスの運転手さんも片言の日本語を喋る。。。

いろいろ店を見て回ったけど、旅を始めたばかりでそんなに買い物もできず、時間を持て余した僕と森久さん、体よく時間をつぶすため映画館に入った。ディズニーのアニメーションをチョイス。英語が分かり易いやろうという理由で。でも映画館は僕ら二人だけ。男二人、真ん中に陣取り、ポップコーンとコーラを分け合いながら、ディズニーのアニメ。開演ぎりぎりに母娘と思しき親子が入ってきたけど、さぞ薄気味悪かったろう。しかも、ちょっと映画に感動したりして。

グアムの街並み。久しぶりの都会。道の広さ、車のスピード、店の客引きのおじさん、全てに緊張します。

1月21日(木)

マニラ⇒ポートモレスビー間の機内で1泊。ニューギニア航空の客室乗務員の方々はすごく親切で、機内食も立派。いつもヤップからの移動で使用しているインターコンチネンタル航空は、チケットが法外に高い、客室乗務員が怖い、機内食が不味いと3拍子そろっているので、乗務員の方に「Fish? or Chiken?」と聞かれた時、妙に感動した。

そして、いよいよパプア入国。実は、パプアニューギニアは協力隊派遣国の中でも治安が悪いことで有名な国で、唯一、男性隊員しか派遣しないことが決められている怖い国。ここには7日滞在予定。無事に帰れるやろうか?不安いっぱいで空港を出ると、20-3同期隊員の林さんが出口のところで待っていてくれて、まじでほっとした。僕は林さんと合流して、このまま彼の任地のニューブリテン島のキンベという街へ行く。

ポートモレスビー⇒キンベ間の飛行機。

見ての通りプロペラ機。こんな小さい飛行機に乗るのは初めてです。ここだけの話、飛行機が怖いので妙におどおどしてしまったけど、無事、キンベの空港に降り立ち、林さんが予めアレンジしてくれた車で、無事、林さんのお宅へ。その後、林さんと互いの近況を語り合って、少しキンベの街を歩いて、夕飯をいただいて休ませていただいた。グアム⇒マニラ⇒ポートモレスビー⇒キンベの連続フライトで心身共にへとへとだったので。我ながらよく耐えた。

キンベはパプアニューギニアの中では比較的、安全な地区なのだそうですが、それでも林さんのアパートの別の部屋に強盗(ラスカルって可愛い愛称で呼ばれてますが、かなり極悪な人たち)が押し入り、その家の方が殺されるなど、いろいろ怖い目にも遭ってきたそうです。やはり日本より平和なヤップとは次元の違う国のようです。それにしても林さんは、現地語であるピジン語がペラペラで、街ですれ違う人と気軽に冗談を飛ばし、家で雇っているガードマン一家の方々とも軽妙に会話している。早々にヤップ語をあきらめた僕には衝撃だった。かなり努力されたのだと思う。僕なんか、ホームステイしてる訳やからもっともっと喋れてもおかしくない。ほんと恥ずかしい限りなのです。

キンベのショッピング街の風景。ヤップでは1軒きりのスーパーマーケットがいくつも立ち並ぶ。中は生鮮食料品がびっちり。かなりうらやましい。

1月22日(金)

キンベは今、雨季だそうで、毎日雨が降っているそうです。林さんに申し訳ないって何回も言われるけど、こっちこそこんな時期に来てしまって申し訳ない。で、今日も当然のように雨やけどキンベの海でのシュノーケリングを強行してもらった。小雨で風も強い中、船を出していただき、キンベの海のリーフ(珊瑚礁)の上を泳いだ。ヤップで今までに見たのは、遠浅の海に小規模なリーフが点在する箱庭的な可愛い印象だったけど、キンベで見せてもらったのは、巨大で、リーフの終わりが崖状になっていて、深く切れ込んでいる何だか無骨で強い印象のリーフだった。水も冷たく、風もきつかったけど初めて見る風景を堪能した。でも、船が揺れに揺れて、僕も林さんも酔った。ぎりぎり吐かんかったけど。

その後、シュノーケリングをお願いしたダイビングショップの入っているホテルのレストランで夕食を食べた。僕はビフカツを頼んで食べた。ヤップでビフカツなんて有り得ないので、すごくおいしかった。あとで知ったことだが、キンベは牛肉が安く、かつおいしいそうです。キンベは、オイルパーム(油のとれる実をつけるヤシの木)のプランテーションが広がっていて、そのオイルパームの木々の間を牧草地にして牛を飼っている。だから安くてうまい。

こんな風景。多分、ここでしか見れない。

パプアのビール、SPビール。すっきりしていて下戸の僕でも飲める。

1月23日(土)

今日は、朝から「川の温泉」という場所へ連れて行ってもらった。「川の温泉」とは文字通り、暖かいお湯の流れる川のことです。ニューブリテン島は火山活動の活発な島で、島のあちこちで噴煙が上がっていたり、温泉もたくさんあるそうです。

車でオイルパームのプランテーションの林の中を走ること約1時間半で到着。「川の温泉」と聞いて、日本の温泉街で、町の中の小さい用水路に温水が流れている、あの光景を何となく想像していたのですが全く違いました。山中の、流れのそこそこ速い、幅10メートルぐらいの川。つまり普通の川。その川に流れる水が、そのまま37、8度ぐらいのお湯なのです。しかも均一に暖かい。これってすごいことです。どう書いたら、この凄さが伝わるか分からんぐらい。1時間ぐらい、この不思議な温泉を堪能して、最後はのぼせた。

ごく普通の川。でも温水。湯気が上がっているのが分かるでしょうか?

あったかい。でも気を抜くと流される。しかも深いところは深い。

夜は、林さんの住むアパートのガードマン(セキュリティって言います)をやっているご夫婦に、パプアニューギニアの伝統料理を作っていただいて、みんなで食べた。ココナッツミルクで煮たバナナと、同じくココナッツミルクで煮たチキンと野菜。パプアの人はしっかり野菜を食べるそうでうらやましい。確かに、街中を歩いていても肥満の人は少ない(因みにヤップでは、肥満でない大人の方が少ない)。生姜がきいていて、香りもとても良い。おいしかった。

林さんは、このセキュリティさん一家ととても親密に暮らしておられる。食事を一緒にしたり、セキュリティさん夫婦の子(3歳ぐらい)を抱いたりしている林さんを見て、僕のようなホームステイとは随分、形は違うけど、これも一つの家族付き合いやなって思った。

1月24日(日)

今日も朝からドライブに連れて行っていただいた。ちょっと遠くまで。このドライブも林さんとセキュリティさんにアレンジしていただいて、セキュリティさん一家と親類の方も一緒に来てくれて総勢12人ぐらいの賑やかなドライブになった。後で聞いた話だが、少数で車に乗っているとラスカル(強盗の愛称)に襲われて、身包みはがされる恐れがあるそうです。なので、沢山ついて来てくれた。ありがたい。

前にも書いたとおり、キンベ周辺はパームヤシの一大プランテーションが広がっていて、この地方のパームオイルが世界の何割かのシェアを誇るそうです。僕は、プランテーションと呼ばれるものを初めて目にしましたが、すごい。規模がすごい。片道約3時間、車で走りましたが、どこまで行ってもパームヤシの林が無くなることはありませんでした。そして、節目、節目に企業の作った、プランテーションで働く人々のための住宅が広がっていて、そこには学校も病院も教会も、もちろん商店も備わっていて一つの町を形成しています。そんな町が延々広がるパームヤシ林の中にいくつも存在する。こういう町で生まれて、一生をここで過ごす人もおるんやろうなって思うと、ちょっと気が遠くなる。

収穫したパームヤシの実。これをしぼってオイルを作る。

ドライブの途中、常に水溜りがボコボコ沸騰していて、硫黄の噴き出している場所を訪れた。みんな、硫黄の噴き出すわ側の岩場をひょいひょい進むので、僕も何気について行ったが、ふとサンダルの後ろを見ると、熱さで底のゴムが溶けていて、ぞっとした。

やばい感じ、伝わりますか?

その後、3時間ぐらい走ったところで、川が増水して道にあふれていて、そこで引き返した。途中、車中から点在する村の様子なども見ることができて、珍しいものを沢山見せてもらった。僕一人を案内するために、車を借り、沢山の人がついて来てくれた。本当に感謝。

1月25日(月)

キンベ最終日。今日の午後3時半の飛行機でキンベをあとにし、パプアニューギニアの首都ポートモレスビーへ戻る。午前中、マーケットへ買い物に連れて行っていただいた。

マーケットの様子。

こっちは野外マーケット。

キンベのマーケットはいつでも沢山の人だかりでとても賑やか。大げさでなく、お祭りか???って思ってしまう。久しぶりに店が沢山あって舞い上がってしまうが、気を抜いてはいけない。スリや強盗も多いそうで、どの店も必ず入り口にガードマンを雇い、客の来る都度都度、扉を開け閉めして客をチェックしている。やはりヤップとは次元が違う。実は土曜日にもマーケットへ出たのだが、近くで誰かの小競り合いがちょっとした暴動みたいになって、警察の車が乱入し、車から降りてきた警官がいきなり空砲を撃った。ニュースではよく見る光景。でも直に見るとまじでびびる。結局、土曜日は何も買わず帰った。

でも今日は街も穏やかで、いくつかの民芸品やパプア産のコーヒー(ゴロカコーヒーって言います。おいしいです)などを買った。

そして、いよいよ午後、空港へ。林さんもセキュリティさんも一緒について来てくれた。空港で、飛行機がかなり遅れていることが分かったのだけれど、みんな帰らずに待っていてくれた。ほんとに最後の最後までお世話になりっ放しだ。林さんとセキュリティさん一家のお陰で、ほんとに素晴らしい5日間になった。毎日、雨が降ったけどそんなの全く関係ないぐらい。別れ際、林さんといつか博多あたりで飲むことを約束した。僕の妻の実家が福岡の久留米で、林さんもその近くの出身ということだったので。林さんとセキュリティさん、僕が飛行機に乗り込むまで手を振ってくれた。本当にありがとう。

キンベの街の電線のあちこちに、こんな風に靴がひっかかっている。理由は不明。でも何故かええ感じ。

1月26日(火)

昨日からパプアの首都ポートモレスビーにいる。ポートモレスビーはJICAボランティア派遣地域の中でも、治安の悪さNo1と言われている街。歩いていたらいきなり襲われたとか、タクシーに乗ったら運転手に脅されたとか、身の毛もよだつ話満載の街です。昨日、キンベからポートモレスビーの空港に降り立ったけど、飛行機の到着時間が遅れて、迎えに来てくれるはずの人とタイミングが合わず、空港の外で20分ぐらい待った。散々怖い話を聞いたあとだったので若干泣きそうなった。

ここではJICAのドミトリーに2泊させていただきますが、そのドミトリーすごいです。六甲山の高級住宅街を思わせるような山の斜面にあるのですが、高い塀で覆われ、入り口も高い門と3人のガードマンで固めらた3階建ての建物。贅沢と思うかも知れないけど、これぐらいでないと安全が保たれない。車で街を走っていて「この中華料理店、この前、襲われた」って普通に言われたりするので。

ドミトリーのベランダからの眺め。遠目には繁盛している温泉街のような印象で、一人で歩くこともできないような街とは思えない。

で、今日はヤップから一緒に来た森久さんと再合流して、またまたシュノーケリングに行った。快晴だったけど、波が高くてコンディションは良くなく、ダイビングのお客さんが4人で、僕だけがシュノーケリングだったけど、ダイビングとシュノーケリングの両方できるポイントに船が停泊できず、当然、ダイビングが優先されたので、僕は全く海底の見えない海をひたすら泳いだだけという無残なことになった。そして、ダイビングを終えた人が「Great!」とか「Beautiful!」とか言ってるのを、指をくわえて聞いた。そして酔った。この旅、船酔いしてばかりのような。。。

往路の道中、イルカの群れが船の周りを泳いでいた。この時はまだ元気で、大興奮だった。

1月27日(水)

昨日の夜は、ドミトリーで麻雀をした。ヤップVSパプア。結果はヤップの惨敗だった。僕はヤップに来てから麻雀を始めた。この年までほとんどやったことなかったのに、何となく。帰国までに腕を上げておきます。パプアニューギニアは唯一、男性隊員しかいない国。パプアの全ての隊員から「いいなあ。女性隊員がいて」みたいなことを言われる。隊員の平均年齢が20代後半やから無理もない。でも、僕はパプア隊員の皆さんの雰囲気がとても楽しかった。男子校のノリってこんなんかな?

今日は、JICAパプアニューギニアの専属ドライバーのポラさんにお願いして、ボロコマーケットという民芸品市に連れて行ってもらった。パプアニューギニアはヤップ違って民芸品がとても多い。仮面の木彫りや貝のネックレスやイヤリング、ビルムと呼ばれる編みカバン、ラプラプと呼ばれる布、そして有名なチ●コケースなどなど、どれを買おうか目移りします。結局、お面やラプラプなどを買った。実は、ポートモレスビーに来てから、移動はずっと車で、この時初めて街を歩いた。誰かが近くに来るだけで緊張した。多分、たまたま近くに寄ってきただけやろうに。。。治安が悪いって何だかわびしい。

実は、マーケットの写真も街の写真も撮ってません。怖くて。。。だからキンベの民芸品屋さんの写真をどうぞ。

そして、夕方のフライトでポートモレスビーをあとにして、森久さんと二人、フィリピンのマニラへ向かった。ポートモレスビーでも、夕食に連れて行ってもらったり、買い物に連れて行ってもらったり、パプア隊員の方にお世話になりっぱなしだった。他力本願旅行、続行中である。パプア隊の皆さん、ほんとにありがとうございました。

1月28日(木)

昨日の9時過ぎ、フィリピンのマニラに到着した。飛行機から見る街の明かりがまばゆくて見とれてしまった。空港からホテルの移動中も、露店市とそれに群がる沢山の人の明かり、飲み屋や風俗店のネオン、高層ビルの明かり‥‥さすが夜の街、マニラ。1年間以上、ちょびっとの街頭の明かりだけの夜を過ごしてきたので圧倒されてしまった。

で、今日、朝から森久さんと二人、さっそく街歩きをした。もちろん森久さんの案内で。まずは、世界遺産に登録されているサン・アグスティン教会へ向かう。その道すがら、マニラの街には、誰か偉い人の像などのモニュメントが多い。国旗もあちこちではためいている。多分、この国の歴史がそうさせてるんやろうけど、僕はこの国の歴史を全く知らない。マッカーサーが「必ず帰ってくるぜ」って言ったことぐらいしか知らない。パプアニューギニアでも少し後悔したけど、これから旅行へ行くときは少し歴史を知ってこようと思う。

こんな感じのモニュメント満載。

サン・アグスティン教会のある地区に入ると風景が一変した。レンガ作りや石作りの建物、石畳の道、突然、西洋の街並みです。この辺りは、最初にフィリピンを植民地としたスペインが作った街なのだそうです。だから西洋そのもの。馬車とか走ってるし、、、観光客用やけど。

その後、露店市の広がる地区や、近代的なショッピングモールの立ち並ぶ地区などを見て回って、ホテルに帰った。そして夜。マニラははっきり言って夜の街。カジノとか、きれいなお姉ちゃんの集う店とか。でも、ホテルから一歩も出ませんでした、、、ってことで。

ジプニーといいます。マニラの街中を大量に走っている小型の乗り合いバスです。何となくデコトラです。夜になるとデコトラ感が一層増します。こいつが何十台もまとめて走っていたりするので興奮します。

1月29日(金)

今日は午前中、男二人でマニラ動物園へ行ったあと、午後から別々に行動することになり、僕は昨日に続き街歩きをした。で、昨日も少し訪れたバクラランという地区へ行った。この地区は、延々と露店が広がり、狭くなった道を自転車タクシーやジプニーと呼ばれる乗り合いタクシーが行き来する。そんな中を沢山の人が行き交う、何とも騒然、雑然とした街。僕は、この何とも埃っぽくて騒がしい熱気がとても気に入ってしまった。

バクラランの様子。

そして、この騒然とした通りのどこかを折れると、そこはマニラの下町。2階の窓には、子供の服とか、おっちゃんのパンツとかはためいて、道では子供が遊ぶ。ありふれているようで、見たことない光景。こんな町にもいつか住んでみたいって思うけど、疲れるんやろうな。

その後、電車に乗って、気になる場所があったら降りて、また電車に乗って、、、という感じで夕方まで過ごして、ホテルに帰った。マニラ電車の多くの駅には、日本と大都市と同じように大きなショッピングモールが併設されていて、品揃えや洗練度も日本以上だったりする。スタバもある。でも、そのショッピングモールのすぐ裏側は、スラム街であばら家がぎっちり並んでいたりする。

夕方。駅のショッピングモールから撮ったスラム街。向こうにもショッピング街らしきものが見える。このちぐはぐさが、今のアジアなんやろうか。 それにしても、1年ぶりのスタバでホットチョコレートを飲む自分が妙にしっくりきて驚いた。訓練所でOBの人が「2年間、途上国で過ごしても、3日で日本人に戻る」って言ってはったけど、多分ほんまやな。

そして、夜11時の飛行機で、マニラをあとにしてグアムへ向かいました。

1月30日(土)

戻ってきました。グアムに。今日もフライトの関係で、日中まるまる時間があるけど、そんなにうれしくなかったりする。今日すべきことは決まっている。買い込みである。1年間のヤップライフで、服が随分傷んでしまった。泥にまみれたり、転んで破れたり、木に引っ掛けて破れたり。。。でもヤップの店は衣類が豊富とは、お世辞にも言えない。

以前に協力隊は2年で20日、任国外に旅行に行けると書いたけど、ついこの前規定が変わって、最大40日まで行けることになった。でも多分、僕はもう行かない。残りの11ヶ月はヤップで過ごす。なので、あと1年間を耐えるための服が必要なのです。

Kマートという店の中。このKマート、服でも食料品でも何でも揃う。お手ごろ価格で、しかも24時間営業という秀才ぶり。店内の広さにも驚くが、買い物客の買いっぷり(カートから溢れんばかり)にも驚く。

旅の初日にも書いたけど、グアムは点在する大型ショッピングモールを結んでバスが走っていて、とても買い物がしやすい。というか買い物以外、することがない。結局、Tシャツ数枚、ジーンズ1本、短パン1本、帽子、サングラスなどを買った。

そして、夜9時半、無事ヤップ空港に降り立ち、旅行を終えた。そして、キンベ以外、ほぼ全ての旅程を一緒に行動した森久さんと握手した。森久さんには最初から最後までお世話になりっぱなしだった。日程決めや、ホテルの予約などなど、全てやってもらった。ほんまに感謝。それにしても、行く先々で誰かにお世話になるばかりの旅行やった。ヤップに来てくれたら全身全霊お世話します。ていうか、誰か遊びに来て下さい。